今回の記事では、国立スポーツ科学センターと共同で行った競泳のスタート動作に関する研究を紹介します。
前回、前々回の記事では競泳のスタート動作に関する論文を2本紹介しました。
概要をまとめると、脚を前後に開いて構える競泳のキックスタートにおいて15m通過タイムを短縮するには
・離台時の重心の水平速度を大きくすること
・できるだけ大きな飛距離を獲得すること
上記2点がスタート局面のパフォーマンスを高める上で重要であり、キックスタートにおける入水までの飛距離は、垂直跳びの跳躍高と強い相関関係がみられることがわかっています。
そして、跳躍能力を高めるための筋力トレーニングを行うと、競泳のスタート動作、台上でのパフォーマンスはどのように変化するのかを調べた研究では、
Breed and Young (2003)の論文:
筋力トレーニングによって垂直跳びの跳躍高は向上してもスタートの飛距離に変化はみられなかった。
Rebutini et al. (2014)
負荷を加えた立幅跳びトレーニングによってスタートの飛距離、離台時の重心の水平速度が向上したが、
離台時の重心の鉛直速度に変化はみられなかった。
これらの知見を元にすると、競泳スタートのパフォーマンスを高めるために跳躍能力の向上は重要であるが、跳躍の方向も考慮する必要がありそうです。
一方で、過去の先行研究では
課題
スタート台上で前後に開いた脚をどのように使えばよいのか?
スタート台上での前後脚の力発揮と重心速度(鉛直方向・水平方向)の関係はどうなっているのか?
これらについては検討されていません。
そこで我々は、スターティングブロック型フォースプレート(図2)を用いて、スタート台上での前後脚の力を計測するとともに、動作を分析して課題について検討しました。
方法
対象:大学生競泳選手男女 14名(男子9名(年齢; 19.8 ± 0.7 yr,身長;174.0±4.0cm, 体重;69.9±5.7kg),女子5名(年齢; 19.0 ± 0.7 yr,身長;166.7±5.2cm,体重;59.3±4.7kg))
下記の図は実験設定です。
我々が行った研究では、スタート台上での動作を動作分析するとともに、逆振り子モデルにモデル化することで、下肢のキックがどのように重心に作用しているのかを明らかにしようとしました。
動作分析では台上の動きについて、選手の手が台から離れた瞬間を手離れ、後ろ脚が離台した瞬間を後ろ足離台、前脚が離れた瞬間を前脚離台というように期分けを行い、下記の3つの区間に分けて分析を行いました。
スタートシグナル-手離れ
手離れー後ろ脚離台
後ろ脚離台-前脚離台
下記図は前後脚の力(キック力)の波形を示した図で、スタート後、まず後ろ脚でバックプレートを蹴り、そのあと、前脚で大きな力を発揮しているのがわかります。
重要なのは、この前後脚によるスタート台に対する力発揮(スタート台をキックした力)が、重心の速度およびその後の飛距離にどのように作用しているか?です。
下記の図は、スタート台から手が離れた瞬間の重心の水平速度(青矢印)と回転要素(赤矢印)との相関関係を示した図です。相関係数はr = 0.927と重心の水平速度と回転要素には強い相関がみられます。
では、スタート台を蹴った力と回転要素との関係はどのようになっているのでしょうか?
下記の図は、横軸に手離れ時の回転要素をとり、縦軸にはスタート台のバックプレートを蹴った力を示しています。鉛直方向、水平方向どちらの力も回転要素と強い相関がみられます。すなわち、回転要素が大きい(水平方向の速度が大きい)ほど、バックプレートを大きな力で蹴っていたことがわかります。
前脚はどうでしょうか?
同じように、前脚で発揮した力と手離れ時の回転要素との関係をみてみます。
前脚の力発揮と手離れ時の回転要素との関係をみると、鉛直方向、水平方向ともに関係性がみられないことがわかります。
これらの結果から、スタート台上の重心の水平速度は“バックプレートをいかに大きな力で蹴れるか”によって決まると言えます。
次に飛距離についてです。
下記の図は、スタート台からの飛距離と5m通過タイムとの関係を示した図で、飛距離の大きい選手ほど、5m通過タイムは早いことがわかります。
では、この飛距離と動き、スタート台を蹴る力との関係をみていきます。
下記の図は、後ろ脚が離台して前脚が離台するまでの前脚支持局面での力発揮と飛距離との関係を示しています。この図からわかるように、前脚支持局面(前脚だけで身体を支えている局面)で鉛直方向(下方向)に大きな力を発揮している選手ほど、大きな飛距離を獲得していることがわかります。
前脚の力発揮を大きくするために、基礎的なスクワットやデッドリフトは重要ですが、さらに特異的なトレーニングとして、下記のようなシングルレッグデッドリフトや片脚でのハードルジャンプが台上からの飛距離向上のためのトレーニング方法として有効です。
シングルレッグデッドリフト
シングルレッグハードルジャンプ
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